資産運用がわかる

高野 真 氏
執筆者詳細
連載<第32回>
最終更新日:07/8/13
投資家からの一通のメール・いま、個人投資家は何をすべきか
バックナンバー一覧

顔写真: 高野 真 氏

ピムコジャパン社長
高野 真 氏
source from 経済羅針盤

 米国のサブプライムローンに端を発した米国株安は、世界の市場のボラティリティーを上昇させている。この問題が限定的であるという見方と、下降相場に入ったとの見方が交錯する中、リスク資産の投資を本格的に見直す動きも出始めているようだ。こういった状況に、個人投資家はどのように対処すべきなのだろうか。

 先日、古い友人から1通のメールが届いた。いまやアントレプレナー(起業家)として成功する彼は、自己の資産運用をどうすればいいのか真剣に考え始めたようだ。私がアナリスト時代に、理屈っぽいレポートを多く書いたことを覚えている彼は、私に今なすべき投資とその理論的な整理を求めてきた。長期投資を前提としつつも、いわゆる分散投資や資産配分の考え方などの疑問は至極当然である。改めて聞かれると、こういう局面では中々答えづらい問題もあるが、こういう局面だからこそ、確かにきちんと整理する必要があるのだろう。以下は私なりに考え、返信した彼へのメールの一部である(一部原文を修正)。

◇        ◇        ◇

【Kさんへの手紙】
 大変ご無沙汰しております。メールのお返事が遅れてしまい、申し訳ありませんでした。実は私はここ2週間ほど米国に出張に来ており、先ほどまでニューヨークに居りました。今朝ほどマンハッタンでは何十年ぶりという大雨のせいで洪水が発生し、地下鉄は止まり、交通はまひし、マンハッタンを出るのに1時間もかかりました。先ほどようやく飛行機に乗り込み、このメールを書いている次第です。

 ご存知のようにNYでは連日、サブプライムローンの問題が取り上げられ市場も大きく荒れております。マスコミはここぞとばかり、派手に荒れるマーケットの報道を行っております。確かにKさんのおっしゃるように、これが新しいダウンサイドへの始まりではないか、という漠然とした不安は市場参加者に留まらず、一様に誰しも感じているようです。

 さて、ご質問の件。「こういった環境において個人投資家は何に投資をしたらいいのか」とのことですが、いろいろ考えてみました。結論的にいえば、今後何が上がるから何に投資したらいいのか、という点は自分でもよくわからないというのが率直な所です。しかし、どういう風に投資に臨んだほうがいいか、という投資スタンスについては少し意見があります。ここで、私なりに整理してみたいと思います。

 まず、Kさんが疑問に思っている「分散投資は本当に効果的なのか?」という点について。今週のウォールストリート・ジャーナル紙にも「投資家は分散投資の効果を享受できていない」という趣旨の記事がありました。相場が上がっても上昇率は抑えられ、相場が下がれば同時に下がることが多く、分散投資はいずれの状態でも投資家に不満を残すようです。しかし問題はむしろ、分散投資の分散度合いの不足と投資期間の不足に問題があるのではないでしょうか。

分散投資の意義

 そもそも分散投資というのは、一般的には価格の動きが違う資産を追加することにより、収益を犠牲にすることなくリスクを低下させることにあります。例えば 10%の収益を生むであろう資産Aと、同じ10%の収益を生むであろう資産Bの相関がゼロであれば、収益を犠牲にすることなく、リスクはルート2分の1になります。これを無限に続ければ、リスクがなくとも、きちんと収益のプレミアムが取れる投資が理論的に可能になるわけです。従って、理論的には分散投資は確実に意味があるわけです。問題はそういった無相関資産をどこまで実際に分散化できるかという点だと思います。

 株式の投資を考えた場合、仮に上場企業から未上場企業まで、または国内から世界まで、幅広い株式が購入できたとすれば、株価変動は収益の伸び率、国全体でいえば国内総生産の伸び率に一致するという見方ができます。最終的には、きちんと分散された株式ポートフォリオの期待収益率は、単純化すれば世界の短期金利にプレミアムとして世界経済成長率を加えた数値に一致するはずです。仮に控えめに見ても、名目GDP伸び率が3%、短期金利が4%としても、分散化された株式ポートフォリオの収益率として7%程度は平均的に期待できるわけです。

 これは、企業の自己資本利益率(ROE)の観点からも整合的だと思います。つまり、世界の企業の平均的なROEが8%で内部留保率が6割だとすると、ROEの内部成長率は5%。配当率が2%として、両者を足した期待収益率はやはり7%程度となるわけです。ちなみに、この経済成長率は労働生産性の伸びと労働時間の伸びで決定されますが、世界経済の生産性も労働人口も基本的にはプラスの伸びですから、世界の経済成長率が鈍化することはあってもマイナスになることは考えづらいと思います。とすれば、きちんと世界各国やセクターに分散された株式ポートフォリオは、平均的には安定的な収益を得るものと期待されていいと思います。この例からも、いかに分散が重要なのかがわかると思います。

 しかし、いくら徹底的に分散できたとしても市場の上げ下げに関わらず一貫して、その分散された株式ポートフォリオが上昇するというのは中々難しいでしょう。少しこの点について考えてみましょう。

 株式の例で「株価P=企業収益E×PER(株価収益率)」と分けて考えると、当然、株価は企業収益に準じて伸びますが、同時にPERの水準にも左右されます。このPERは実は一定ではなく、金利に逆相関の関係があり流動性のファクターと言われます。単純化すると、株価変動は企業収益の伸びと流動性のコンディションに左右されるということです。この流動性のコンディションは、景気サイクルとほぼ同じサイクルで動き、その裏には中央銀行の金融政策が関係していると言われます。

 PERが上がると思えば株式を買えばいいし、下がると思えば売ればいいということですが、継続的に上がるというわけではないので、そのサイクルを超えて株式を持ちきれば少なくとも、このPERの影響を排除する投資が可能となるわけです。つまり、きちんと分散されたポートフォリオを景気サイクルを超えて、ある程度の長期間保有することにより、安定的かつ高い収益を得ることができることになります。ここでは株式の例を用いて考えましたが、投資対象であれば基本的に考え方は同じだと思います。

資産のアセットアロケーション

 次のご質問「株式がいいのか債券がいいのか、あるいは代替資産がいいのか」という、いわゆるアセットアロケーションについて考えたいと思います。株が上がるときに株式に資金をシフトしたり、債券が上がるときに債券にシフトしたりというようなアセットアロケーションは、聞こえはいいでしょう。しかし、アセットアロケーションを頻繁に変更させることにより付加価値、つまり利益を上げるということは、通常の株式や債券の銘柄選択などに比べ、かなり難しいといわざるを得ないでしょう。

 なぜなら、一言で言うとBET(かけの対象)の数が少ないからです。例えば、グローバル債券投資で米国金利上昇により米国債券をアンダー、日本債券をオーバー、USドルをオーバー、クレジットをアンダーというように1つの投資で戦略が非常に多岐に渡ります。日本株投資でも、ホンダよりトヨタ東芝より松下を別の理由により選択した場合、BETの数は非常に多くなります。しかし、仮に株式と債券の2資産の投資を考えた場合、株式よりも債券がいいという選択を多方面の分析により決定したとしてもBETの数は1つに過ぎません。

 一方でよく言われるように投資収益の 9割以上はアセットアロケーションで決められるために、ここをいかに決定するかが非常に重要になります。きちんとしたリスク管理モデルを持つ機関投資家は別として、個人投資家が資産のアロケーションを決める最も簡単な方法は、相関の低い資産を等金額で購入し、一定期間で見直しをしてリバランスをすることです。

 等金額というとあまりにも簡単すぎるように思えるかもしれません。しかし、実は等金額のポートフォリオはリバランスにより高いパフォーマンスを達成した資産を売却し、低いパフォーマンスしかあげられない資産を買い増すことになります。従って、リスク水準を下げるとともに、いわゆる逆張り戦略により高いパフォーマンスを上げることが知られております。今年でいえば、BRICKS株と日本株ポートフォリオであれば今年末のリバランスではBRICKS株を売って日本株を買うことになります。

為替の取り扱い

 次に為替投資について。これも個人的な見解ですが為替の投資は他の資産の投資に比べ利益を上げづらいと思います。いくつか理由は考えられますが、最大の理由は他の投資と違いゼロサムゲームだということです。つまり、為替は契約であるため誰か一方が損をすれば誰か一方が得をするというゲームだということです。

 従って、長期投資において為替から利益を得ようとするのは中々一般投資家には難しいと思います。かといって為替をすべてヘッジすると円という為替の一極集中になるわけですから、為替についても分散が必要だと思います。その意味では円とドル、ユーロの三極に分散させるのがもっとも簡単な方法なのではないでしょうか。

政治不安について

 政治については、私はエキスパートではありませんのであまりコメントはできませんが、先日の参院選での自民党の敗北をみると政治が不安定な状況は続きそうですね。個人的にも安倍首相や塩崎官房長官と面識があり、何度かご意見を拝聴したこともありますが、必要以上に叩かれている感は否めませんね。冷静に考えると年金問題は、安倍政権が問題を引き起こしたわけではありませんし、閣僚の失言の数々は今に始まったわけではありません。従って安倍政権が特段、過去の内閣に比べ不安要素が多いとは思えません。

 実際、私は政治不安が国内の資本市場に与える影響は極めて限定的だと思っております。なぜなら今回の日本の景気回復は、不良債権処理という政治関与はあるにせよ、基本的に企業努力による企業収益改善という民間主導による景気回復であり、それがいまも継続している以上、政治状況が多少変わってもそれが市場へ与える影響は大きくないと思います。実際、安定政権だった小泉内閣の時代に株価がどん底だったことを考えると、少なくとも長期投資を前提にするなら政治状況はまったく無視して投資戦略を立てたほうがいいと思います。

世界の流動性について

 ここまでの話は、いわゆる景気観測とか市場展望などの予測や主観を一切入れない方法での投資フレームワークについてお話して参りました。私たちの言葉でいうところのストラテジック(戦略的)なフレームワークです。しかし長期投資のいいところは、ある程度の予測される市場変化を投資戦略に取り入れることができる点です。世界市場の動きから予測される投資戦略、つまりタクティカル(戦術的)なフレームワークを考えることができます。これにはいくつか要素があると思いますが、一番気になるのは現在の流動性の高まりだと思います。

 この世界的な流動性の高まりについてですが、確かに米国のサブプライムローンはかつての日本の不動産バブル崩壊のようにクレジットクランチを引き起こすのではないかという不安を連想させます。しかし、もともと世界の流動性は、米国というフレームワークを超えてグローバルな規模で起こっているものです。それも中国や日本を始めとした中央銀行、あるいは黒字国化した新興各国が提供する資金が米国へ流れたことにより引き起こされています。言い換えればグローバル規模での流動性は「米国=世界経済」という構図から「米国=世界経済の一部」という構図に米国経済を格下げしたともいえます。

 こういった状況で、たとえ米国で信用収縮が起こってもグローバル化した資金は、より高い収益を求めて米国以外の国へ流れるだけにすぎないのではないでしょうか。もし流動性が世界的な規模で低下するならば、それは中国など高成長国からの輸出が鈍化する、日本の個人金融資産、事業法人のフリーキャッシュフロー、あるいは外貨準備高などが激減する、さらには新興国のファンダメンタルズが悪化する、などがあって初めて起こるものだと思います。しかしその兆候はいずれの場合、いまのところ見られません。

 このことが投資戦略にどう影響するかという点ですが、流動性が確保されているということは投資戦略上、リスク資産のウエイトを継続的に高めに維持することができるということです。同様にそういった状況が続くなら、海外投資の多くはファンダメンタルズが改善して、なおかつ流動性の供給により、よりメリットを受ける新興国のウエイトを本来あるべきウエイトより高めることもできるということです。

 また、同様に最近ではプライベートエクイティファンドやREITファンドなど必ずしも伝統的な投資ではないものが、どんどん個人投資家にも提供されつつあります。流動性の提供が継続されるのであれば、そういった非伝統的な市場が伸張する可能性が高く、その資産分散効果も高いということが言えます。従って、積極的に新しいものは取り入れるという姿勢が重要だと思います。しかし長期的にとはいえ、このように流動性が継続するとはいえBETをするわけですから、それだけリスクを抱えていると言うことは言うまでもありません。重要なのはそれを認識することだと思います。

 以上、長々と書いてきましたが、やはりウォーレン・バフェット氏も言っているように投資に王道はないと思います。その意味で、ここに書いたことは当たり前のことが多いかもしれません。それでもKさんの投資のお役に少しでも立てればと思います。逆に、むしろこれはおかしいとか、こうではないかというのがあればぜひお教えいただければ幸いです。私も、またじっくり考える機会をもち新しいアイディアがあればKさんにお知らせしたいと存じます。またこんどお会いできる日を楽しみにしております。 

◇        ◇        ◇

 ここに書いたこととは別に、各投資家が全く違った投資のフレームワークを持つこともあるだろう。重要なのは、市場が荒れたときにきちんとした対応ができるようなフレームワークを日頃から持ち、リスクの認識をしておくことではないだろうか。昨今の荒れる相場は、投資家の真の力量が試される局面なのかもしれない。

(ピムコジャパン社長・高野真氏 寄稿)