なぜか上海

ズバリ2006年 中国金融改革の行方!!
(source from 読売新聞

      • 筆者:花井 健(はない・たけし) 伊原 吉紀(いはら・よしき)

 遂に2001年WTO加盟時に、中国政府が金融全面開放を国際公約した期限である2006年を迎えた。世界中が注目する中、中国政府は中国金融市場の「市場化」を強力に推進、各種改革を急ピッチで進行させている。みずほコーポレート銀行上海支店(以下当店)としては、中国金融当局の動きの先を読みながら、各種ライセンスを外資系銀行の中でトップで取得してきた(*注)。併せて、当店の市場業務体制を強化する意味で、市場業務部門のプロ化を推進。去る8月にNY(ニューヨーク)、LDN(ロンドン)、HK(香港)、SPO(シンガポール)と同様に、市場業務部門を上海資金室(所謂ディーリングルーム)として独立させ、併せて上海市場業務を引っ張る為に、本店よりこの世界20年の経験を持つ伊原室長を配属した。市場業務にたっぷり浸ってきた小職と彼の、辛酸を舐めながらも何とか生き長らえてきた経験知識をベースに中国金融改革の行方を論じることで、今年の本稿の皮切りとしたい。

1.2005年を振り返って

 中国の金融市場改革は、為替から始まった。まずは昨年7月の人民元為替政策の改革である(当コラム05/5/30では人民元切上げを8月と予想)。この時、人民元の対米ドルレートが約2%切り上げられるとともに、実質固定相場に近い米ドルペッグ制から、中国の貿易相手国の通貨バスケットを参考とする管理変動相場制に変更された。続く8月には、人民元為替先物業務が外資系銀行に開放され、当店もライセンスを取得し、取引を活発化させている。

上海金融市場と闘うつわもの達

 こうした為替制度改革はまだ端緒についたばかりであり、日米欧の先進市場と肩を並べるまでにはもう少し時間が必要という感もあるが、つい最近まで全てが当局規制下にあった市場において、人民元為替レートが小幅ながら日々動くようになり、また為替先物というリスクヘッジ手段が導入されたという意味において、「小さな第一歩ながら大きな意義のある一歩」と捉えるべきであろう。

2.2006年を論じる

(1)動き始めた「為替」

 さて2006年の展望だが、まず人民元為替相場について。急激な元高が国内経済にダメージを与えることへの中国当局の警戒感は強く、極めて慎重なスタンスを崩していない。また、切上げ以降の元高進行がわずかな幅に留まっていることや、人民元切上げ観測がやや後退した当地為替市場では、意外に人民元の売買ニーズが均衡していることを考え合わせると、今年の変動幅も出来れば穏当なものに留めたいと当局は考えていると思われる。ならばどこまでの変動なら耐えうるのか。正に金融全面開放の今年、人民元の切り上げを含む何らかの為替制度変更を実施しなかった場合に生じる市場の不信任を避ける必要からも、筆者としては、メーンシナリオとして1$=8.08人民元前後から約4%程度(1$=7.75香港ドルとほぼ同じレベル)の人民元切上げは、受忍せざるを得ないのではと考えたい。

 他方、外資依存の経済成長を持続する中国としては、将来的にも市場開放の象徴的事象として、変動相場制への移行(いわゆるソフトカレンシー化)をちらつかせながら、海外投資家に対して継続的な通貨高の可能性を市場に浸透させ続ける必要がある。また厳しい合理化、省力化、内外生産体制の見直しによる国際分業体制の構築、製品の高付加価値化等の抜本的な構造改革を行い、円高を吸収して来た日本企業の例からして、中国としても自国通貨高を早期に吸収しながら、経済体制を変える必要がある。さらに、米国が覇権国家としてのパラダイムを自国一国原理主義へとよりシフトし、中国への為替政策変更への圧力を強化した場合、中国としてもいわゆる政治カードを切らざるを得なくなり、リスクシナリオとして日本が味わったような、大幅な通貨切り上げを甘受せざるを得ない可能性も否定出来ない。


 話は少し横道にそれるが、中国金融市場の変革がなぜ為替から始まったのかを考えたい。「金融のトリレンマ」という言葉があるが、これは「為替」「金利」「資本」の全てを同時に統制することはできない、ということ。これを少し前の中国に当てはめると、「金利」は預金・貸出とも規制され、規制のない銀行間の取引金利や債券の金利は下限に張り付いていた。「資本」も厳格な内外遮断管理がなされている。ならば「為替」については、好調な経済活動や外資誘致の成果として、外貨が国内に大量流入しているのだから、論理的には大幅な人民元高になるはず。ところが昨年央までは、「為替」も実質米ドル固定相場として規制されていた。その結果、まさに「金融のトリレンマ」が生じていたのである。

 実際には輸出競争力が向上し、経常部門での外貨流入に加え、海外投資家からの「人民元先高観」で投資部門でも外貨が増加、その結果、中国の外貨準備は日本を追い抜かんばかりの勢いで伸びた。これに対し、当局が止むを得ず国家的意思としてドル買い人民元売りの通貨介入を続けたが故に、人民元流動性が過剰になり、不動産投機に流れるなどの問題が発生、人民元為替切り上げに繋がったと見ている。

(2)次は「金利」へ!!

 では「為替」の次は? 今年は「為替」と手を携えながら、「金利」にも軸足が移るとみたい。中国は年率9%以上の高成長を誇る国である。人民元切上げ後も、輸出は好調を持続している。一方、原油など世界的な原料価格の上昇にもかかわらず、インフレ率は落ち着いている。本来、高成長が続く経済では、金利は上昇するのが一般的なのだが、中国では金利が相対的に低水準に抑えられており、行き場に困った運用資金は不動産へシフトした結果、不動産の価格の高騰や、債券金利の低下を招いている。

 原油価格の騰勢で、既に世界経済にはインフレの足音が迫りつつある。中国は資源輸入大国でもあり、将来的にインフレの影響を受ける可能性が高い。人為的な低金利政策を長期にわたり継続することは困難と思われ、景気やインフレの変動に柔軟に対処できるような金融調節機能を、早晩整備する必要が出てくる。重要なのは為替と同様に、「市場」が水準を決定するようなルール作りであり、金融当局の役割は、正に水準の決定者から、ルールを作り、政策意図を市場に浸透させ、かつ市場の動きをチェックする役割に変わっていくと考えている。

 また、「金利」改革は、金利上昇の可能性をはらんでいる。企業も金融機関も、将来の金利上昇にあらかじめ対処できるように、リスクヘッジ手段を準備しなければならない。金利スワップ金利先物金利オプションなど考えられるが、ニーズが高く企業の方々にとって手触り感があるのが、金利スワップであろう。それ故、先ずは「人民元金利スワップ」が導入されると予想している。

(3)じっとタイミングを見つめる「資本」

 「金利」改革のテンポに筋道がつけられれば、残る本丸は「資本」の改革である。しかしながら、中国で2006年末迄に一気呵成に資本改革が進む可能性は低い。昨年やっと「為替」が始まったばかりであり、今年「金利」にまで手をつけることができれば上出来。中国金融市場の改革は、一部識者と言われる方の中には、遅々として進んでいないと見る向きもあるが、実際に行政指導や当局規制緩和の実務に携わる我々にとっては、外国の金融関係者の予想をはるかに上回るスピードで進んでおり、今後も一層加速していくように感じている。中国という国は、そう思わせるに十分な力を備えているし、実行力もある。

3.中国金融改革に足取りを合わせて

 しかし、である。中国において今まで実際に行われてきた様々な改革は、日米欧の先進市場で揉まれてきた小職や伊原室長にとって、必ずしもその全てが改革の進展にすぐ寄与するとは言えないのも事実である。中国で日々市場業務に携わる者にとって、現地当局の規制やルールに従うことは業務推進の大前提。しかるに、こうした規制やルールはやっていいこと、もしくはやってはいけないことを簡潔明瞭に書いているのが現状で、実際に毎日の業務レベルにまで咀嚼(そしゃく)して運営する立場からすれば、具体的な詳細ルールに触れられていないことも多く、その都度当局にやり方や考え方を一つずつ確認しながら、規制の遵守や内部管理の強化に取り組んでおり、ここに中国金融市場ならではの感覚と工夫が求められる所以があることも、付け加えておきたい。

 日・米・欧を始めとする世界の主要な金融市場は、既に相当程度発展して成熟段階にあり、かなり標準化されていると言っても過言ではない。その中にあって、中国の金融市場はまだまだ規制も多く、取扱が制限されている商品も多いが、逆の視点から見れば、今後の発展余地は極めて大きいことになる。ここにこそ、弊行を始め世界中の銀行が、中国金融市場に注目する最大の理由がある。

 当地の金融改革はまだ始まったばかりであり、今後も幾多の紆余曲折はあろう。しかしながら、中国政府の金融改革にかける意志は強固であり、将来の発展余地は広大で、かつスピードも、世界のどの市場もこれまで経験したことがないほど速くなるであろう。これは市場業務関係者にとって、困難ではあるが大いにやりがいのある市場なのだ。このような認識の下、彼が率いる上海資金室のスタッフは、関係金融当局に一段の市場発展に資する提言やノウハウ提供を行う一方、取引先企業へは新商品提供やリスク管理手法提供等のサービス高度化に努め、また当店スタッフの業務能力強化の観点から、各種研修・セミナー、資格認定試験に至るまで、様々な工夫をこらしながら、上海金融市場の発展に微力ながらも貢献しようと努力している毎日である。

金融サービス企業のグローバル戦略―M&Aで成長するHSBC

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